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【活動日誌】創作昔話「桃太郎」


みなさん、こんにちは。

Book-Offでたくさんの老若男女が立ち読みしているのを見ると、ちょっとツラくなります。ドングリとエビクラゲのタグマです。

 

さて、エビクラゲのメンバーは時々、Twitterで互いのネタの上塗りをしたり、パクったりと、
団体ならではの群像劇を繰り広げることがあります。

 

先日、一世を風靡した【売れないZARD】シリーズもその一つと言えるでしょう。リスナーにまで蔓延して祭のようになり、ついには元ツイートの制作者であるせわしへのインタビューが行われる始末です。
(まだ見ていない方はこちらへ→【活動日誌】せわし独占インタビュー 〜売れないZARD事件について思うこと〜

 

このような群像劇は事前に打ち合わせなどはもちろんなく、本当に突発的に起こります。まあ一種の発作だと思っていただけるといいかと思います。これからもこういうことがあると思いますが「ああ発作が起きたんだな、発作が起きたんだろうな」ぐらいに暖かく見守っていただけると幸いです。

 

さて、時は遡り2015年1月。エビクラゲのTwitter群像劇のハシリとも言える盛り上がりを見せたツイート群がありました。

 




 

 

 

 

知る人ぞ知る【創作昔話】シリーズです。

私タグマの「栗太郎」を皮切りにここから、他メンバーも思い思いに、数ツイートを用いて桃太郎風の昔話を創作していきます。

 

今回はそんな2年近くも前のツイート群を、いまさらになってまとめなおしてみました。

作者はタグマ、たくあん、馬クソ、タカハシヨウ、イノワキ、原の6人です。

 

 

【栗太郎】 作:タグマ
昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。ある日おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯にいきました。おばあさんが川へ向かう途中、道沿いに植えてある栗の木の下に、これでもかというほど大きく鋭く尖がっているが落ちていました。おばあさんは洗濯そっちのけでその栗を拾い、あまりに尖っているため「痛い痛い、本当に痛い」と叫びながら家に帰りました。おじいさんが家に帰ると、おばあさんは大きな栗を見つめて正座をしていました。二人は2時間に渡る話し合いの末、栗を割ってみることにしました。台所からこれでもかというほど大きな包丁を持ち出したおばあさんは、えいっと栗を割りました。中から出てきたのはこれでもかというほどまん丸な赤ん坊でした。二人はこの赤ん坊を “栗太郎” と名付けました。子どものいない二人はこの世にも奇妙な子を育てようと決めたのです。しかしこれでもかというほど奇妙な生まれ方をした栗太郎のことを、二人は村のみんなにどう説明していいかわからず、しばらく黙っておこうと決めたのです。

ちょうどその頃、村人たちが何やら騒いでおりました。なんでも、隣の家の老夫婦が大きな桃を拾い、その中からまん丸とした赤ん坊が生まれたというのです。その老夫婦はその子どもを “桃太郎” と名付けたようです。村ではこの話で持ちきりです。桃太郎側の老夫婦は、「この子が大きくなったら鬼退治に行かせるぞ!」と村人に言ってまわります。長年苦しんだ鬼による暴力・強奪から救われる一つの光だと、村人たちは桃太郎のために様々な品物をその老夫婦の家に持っていきました。
そんな話を聞いた栗太郎側の老夫婦は、桃太郎の話で持ちきりの村の中で、「自分たちが先に栗太郎のことを話せば、村のヒーローになれたかもしれない」と、栗太郎を隠したことを何度も悔やみました。桃太郎と栗太郎は、同じ日に拾われ、一方は桃から、一方は栗から、生まれていたのです。

やがて桃太郎は青年になり、見事鬼を倒し、村へ帰って英雄と称えられました。栗太郎は普通に育ち、家の農業を手伝うようになりました。
栗太郎側のおじいさんは今でもたまに、栗太郎のことを桃太郎より先に村人に話す自分の姿を、夢に見るそうです………。

 


 

【桃太郎訴訟】 作:たくあん
昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。ある日おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯にいきました。おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃がどんぶらこ…どんぶらこ…と流れてきました。おばあさんには心当たりがありました。
間違いない。これは巷を騒がす桃太郎桃だ。川の上流に出来た桃工場で生産され、時々川を流れてやってくるこの桃は桃太郎と呼ばれる子供を内包しています。この桃太郎たちが厄介で、窃盗や密漁で川やその先の海の近くに住む人々を困らせていました。物的証拠を手に入れたおばあさんはこの好機を逃すわけにはいかないと、村人たちを原告として裁判に打って出ます。街からシティボーイの弁護士(通称CB)を呼び寄せ、準備は万端のはずでした。

しかし裁判前日、おばあさんの家から証拠である桃太郎桃が無くなってしまいました。焦るおばあさん。無情にも時間は流れ、裁判当日を迎えます。こんな時に姿が見えないおじいさんにますます大きくなる不安を感じながら裁判所に向かうおばあさん。裁判が始まり、証人の工場長が出廷します。そこでCBが持ち出したのが見た目が似ている2つの桃。CBはおばあさんの家から桃太郎桃を持ち出し、見た目の似ている桃をもう1つ探して来ていたのです。どちらの桃が工場で作られたものか尋ねるCB。これには今度は工場長が冷や汗をかく番です。普段から自分の工場の製品は目をつぶっていても分かると豪語している工場長が選んだ桃が桃太郎桃であった場合には工場側の敗訴が決定的となります。ピンと張りつめた空気。固唾を呑んで見守る傍聴席。その時、2番の番号が振られた桃がひび割れ、中から人の手が覗きました。おばあさんには「拙い!」という原告たちの心の声が聞こえたような気がしました。「1番だ!1番が我々の桃だ!」勝利を確信し叫ぶ工場長。
弁護士が1番の桃を割ると中から子供が現れました。「これは罠だ!どちらの桃にも桃太郎が入っているなど!…」工場長の叫びを遮るように2番の桃が割れ、出てくる人影。息をのむおばあさん。2番の桃から出てきたのは桃太郎ではなくおじいさんだったのです。原告側勝訴に終わった裁判の後、物的証拠となった孵化前の桃太郎桃を見つけたおばあさんと、裁判において6時間桃の中で待機し勝訴を決定づけたおじいさんは莫大な賠償金を得て幸せに暮らしました。

 


 

【桃特有のべたつき】 作:馬クソ
昔々あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは電子機器にとても造詣が深く、村の人々が新しいパソコンやスマートフォンを買うときは、まずおじいさんに相談しました。おじいさんが特に専門としていたのは、桃から子供を錬成する機器でした。これは今や各家庭に普及し当たり前のように使われていますが、当時は高価かつ貴重でした。おじいさんは村に一台しかないその機器の点検・修理を担っていました。必要不可欠な機器ですので、修理の報酬も弾みました。数カ月に一度の点検業務だけで、何不自由ない生活を送ることができました。
しかし、おじいさんにはどれだけ富を得ても許せないことがありました。それは仕事中に“手がべたつく”ことでした。 今では、皮がついた桃を機器に挿入しても正常な桃太郎が錬成されますが、当時の技術ではあらかじめ皮を剥く必要がありました。当然、挿入時に手がべたつくリスクは避けられません。御歳160のおじいさんはべたつきに耐えられず、躁鬱になってしまいました。それまでおじいさんの経済力に依存し、ブランド品を身にまとい村の女社会を牛耳ってきたおばあさんは焦りました。貯蓄が尽きるまでに夫を仕事に復帰させなければいけません。機器については何一つ知らなかったので、ハード面の改善は期待できません。打開策が浮かばないまま、おじいさんの病状は日に日に悪化し、おばあさんはブランド品を質に流すようになりました。困ったのは二人だけではありません。桃太郎錬成機が使えない村のGDPは低下の一途を辿り、村人の生活も困窮しました。

そんな暮らしが続き、もはや希望も抱かなくなった村人たち。しかし、おばあさんが3日履きつづけた下着を洗濯するため川へ行ったとき、転機が訪れました。川の上流から、一対の”軍手”がどんぶらこどんぶらこと流れてきたのです。「これじゃ!!」おばあさんの目は輝きを取り戻しました。すぐに家に戻り、収穫した軍手をおじいさんに渡しました。

 

「じいさんや!これを使えばべたつかないぞい!また昔の暮らしに戻れるぞい!」
「………。」
「おじいさんや!返事をしておくれ!また生き生きと仕事をする姿を見せておくれ…….!!」
「……………….。」

 

 

遅すぎたのです。おじいさんが生きていれば、164歳でした。”軍手”がその時代から現代まで殆ど進化をしていないのは、人間の果てなき欲望とべたつきに絶望したおじいさんの呪いのせいだ、と今でも語り継がれています。

 


 

【桃太郎EX】 作:タカハシヨウ
昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。ある日おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯にいきました。おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃がどんぶら散らしながら流れてきました。おばあさんはそれを持ち帰って食べることにしました。帰る途中、隣に住んでいるおばあさんがもっと大きな桃を持って歩いているのを見かけました。どうやら同じく川で洗濯中に流れてきたのを拾ったらしいのです。不思議なこともあるものですねと笑いあって、それぞれの家に帰りました。
早速その桃を切ってみます。すると中から元気な男の子が出てきたのです。あまりの出来事におばあさんが腰を抜かしているところにおじいさんが帰ってきました。事情を説明するとおじいさんは「これは金脈だ」とつぶやきました。そうです、おじいさんはやり手の芸能プロデューサーだったのです。

早速おじいさんは「桃から生まれた」という事実を最大限に生かしてその子を売り出すために桃太郎と名付けました(桃太郎が異例の速さでオールナイトニッポンのパーソナリティーに抜てきされるのは少し後のお話)。しかし隣のおじいさんが黙っていません。「うちの方が先に拾ったし、より大きい桃から生まれたのだから桃太郎という名前はうちの子の方がふさわしい」というのが隣のおじいさんの主張でした。やり手のおじいさんは桃太郎という名前を独占したかったのですがそうもいかなくなりました。なので妥協案を提示します。「ウチの子は桃太郎、より大きな桃から生まれたあなたの子は桃太郎EXにしてはどうか」。隣のおじいさんはEXという響きが気に入ったので承諾し、書面で約束を交わしました。しかしこれは罠でした。現在の法律では、EもXも名前には使えない文字だったのです。

隣のおじいさんはこのことを出生届を提出に行った市役所の窓口で知って愕然としました。しかし時すでに遅し。やり手のおじいさんはすでに桃太郎のプロモーションを始めていました。桃太郎 EXを使い桃太郎は使わないと書面で約束してしまったのでもうどうにもなりません。

二十数年後、桃太郎EX(戸籍上は太助)は青年になり、法律を変えるべく衆院選に立候補しました。しかし彼の主張は全く相手にされず圧倒的大差で落選しました。彼は桃太郎の大ヒットナンバー「仲間がいるから」が流れるスナックで、「有権者は鬼だ」とボヤいたそうな。

 


 

【障子の日】 作:イノワキ
昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。ある日おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯にいきました。おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃がどんどん流れてきました。おばあさんはそれをどんどん見送りました。自身とおじいさんの老齢による食欲の減退を勘案すると、これらを持ち帰っても食べきれないと判断したからでした。一つだけ抱えて帰ろうとしたところに隣に住んでいるおばあさんも川に洗濯をしにやってきて、その流れ来る大量の桃を見るなり、間髪を入れずに飛びつきました。
「残りは私の桃だよ!残りは私の桃だよ!私の桃なのだよ!!」隣のおばあさんはそう叫びながらどんどんその桃を持ち帰りました。隣のおばあさんは一緒に暮らす隣のおじいさんと、村の住人にその桃をどんどん売りさばき、一日にして沢山の米や反物をどんどん得たそうです。そして、欲しいものがあれば腐る程保持している米や反物とすぐに交換し、贅沢の限りをどんどん尽くしたのでした。ところが三ヶ月後、桃を食べた村じゅうのおばあさんの妊娠が発覚します。村じゅうが困ります。高齢化が進んだこの村ではおばあさんも重要な労働力です。
あまつさえ、二人で働いてやっと二人が食べられるだけの生活を送っていたのに、村じゅうのおばあさんの孕みにより村じゅうのおじいさんは老体に鞭を打ってもっと働かなければならなくなりました。そんな状況もつゆ知らず。隣のおばあさんと隣のおじいさんは豪遊に次ぐ豪遊。「くそっ!あのばあさんとじいさんに売られた桃さえ食わなければ…」村じゅうのみんなが思いました。憎み、耐え、忍びながら粟のおかゆを食べる、貧に窮した生活が続きました。

…半年後、ついに出産の時。村じゅうのおばあさんに激しい陣痛がどんどん襲いかかります。

「ヒィーヒィーフゥー、ヒィーヒィーフゥー」

そんな声が村じゅうに響き渡り、フェスのような一体感だったと、当時をおじいさんたちは振り返ります。さて、しばらく経つと村じゅうで赤ちゃんがどんどん産まれました。そして各家庭で赤ちゃんがどんどん殺されていきます。

そう、“間引き”です。もう老夫婦には新たな生命を育てる余力も資金もありません。どんどん殺し、各家庭は赤い鮮血で染まっていきます。殺害後の室内に付着した血は拭けば取れたのですが、障子は拭いたら破けてしまいます。そこで仕方なく、村じゅうのおじさんは、隣の村の障子屋さんへ新しい障子を買いに行きました。隣の村の障子屋さんは驚きました。「今日はよく障子が売れたなぁ!景気がいいやぁ、よし今日を障子の日としよう!」と家族で笑いながら米を炊いて食べたそうです。

 


 

【桃と恋】 作:原
昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。おばあさんは川へ洗濯に、おじいさんは山へ芝刈りに向かっていると、道中で桃が落ちているのを見つけました。なんでここに桃がと思ったのも束の間、「なんと綺麗な桃じゃ…」おじいさんは恋に落ちてしまいました。
それからというもの、おじいさんは山へ行くと言っては桃と会い、楽しく過ごしました。おばあさん以外にこれほどまでに心奪われたのは初めての経験でした。こんなにも空は青く、風は澄んでいたでしょうか。この時季節は秋でしたが、おじいさんには春そのものでした。

おじいさんは桃のことをおばあさんに言うことは決してありませんでしたが、女の勘は鋭いものです。事実、おじいさんは最近やけに山に行くし、その割にこなす仕事は以前より減っているようでした。

ついにある日、おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんも山へと後を追いました。するとどうでしょう。おじいさんが桃と戯れているではありませんか。仕事のことは任せっきりでしたが、それが芝刈りだとは到底思えませんでした。おばあさんが問い詰めると、泣きながらそれはもう正直に話してくれましたが、おばあさんには何一つ理解できませんでした。
おじいさんは既に桃とは体を交えた関係であることも告げ、おばあさんは「こいついよいよだな」と思いました。それから夫婦間の会話は一切なくなり、その間にも桃は大きく大きくなっていきました。あまりに大きくなる桃に焦ったおじいさんは、村の名医に桃を診てもらいました。医者も初めは馬鹿にしていましたが、桃の中には確かに子供がいることがわかりました。そう、妊娠状態にあるというのです。しかし桃に子供は産めません。ただただ大きくなる桃に、おじいさんは悩みました。母体を守りながら子供も外に出してやることはできないかと…。

おじいさんは家に桃を持ち帰り、無視を続けるおばあさんにそのことを相談しましたが、ついに痺れを切らしたおばあさん。「こんなクソ桃のせいで!!」咄嗟に台所にあった包丁で桃を真っ二つに切り裂いてしまいました。割れた桃からは無事に子供が産まれてきました。
本当に子供が出てきたことにおばあさんはたいそう驚き、おじいさんは泣き崩れ、急いでその割れた桃を村の名医に持って行きました。8時間にも及ぶ手術の末、無事に桃は元の姿に縫合されました。おばあさんの包丁の切り口が大変綺麗であったからだと医者は言います。

家に帰るとおばあさんは大事に子供の面倒をみてやっていました。母性に嘘はつけません。その姿に惚れ直したおじいさんは目を覚まし、桃は神棚に供えると、3人でいつまでも幸せに暮らしましたとさ。そしてその村の名医は、帝王切開の第一人者として歴史に名を刻みましたとさ。

 


 

 

 

いかがでしたでしょうか。

個人的にはイノワキの「フェスのような一体感」の場面や、馬クソの”べたつき”に焦点を当てる姿勢などが、創作昔話として非常にオリジナリティが溢れていて面白かったです。

 

創作昔話は非常に自由なので、誰でも取り掛かることができ、型が決まっているのである程度まとまるというところがやりがいではないでしょうか。昔話の懐の深さをしみじみ感じます。またやりたいです。

 

創作昔話に限らずこれからも、「発作」のように群像劇ツイートが生まれたら、時々まとめて報告させていただこうと思います。

独特の言語センスからメンバー内の流行を生み出す教祖。
即興に強く、フリップには何も書かずにとりあえず挙手する。
流れやルールがあるととにかく壊したくなる病気にかかっている。