川流し屋

【活動日誌】シリーズ ”ない仕事”①「川流し屋」吉井恒久


寒さも厳しさを増してきた11月某日、我々は利根川流域のある町を訪れていた。

 

「インターネットでなんでも調べられるこの時代ですけど、逆にそういう時代だからこそ川は重力の力で流れているって勘違いしている人、多いんですよね。」

 

そういって苦笑するのは代々続く川流し屋「吉井川流し」の当主、吉井恒久さんだ。
吉井川流しは承応3年(1654年)の利根川東遷(※1)以来この地で川を流し続けている老舗川流し屋で、32歳の吉井さんはその11代目である。

(※1:利根川東遷とは江戸を水害から守ること、流域の湿地帯を新たに水田として利用することなどを目的として、東京湾に流れ込んでいた利根川を千葉県銚子市で大平洋に注ぐよう流れを移し替えた河川改修事業のこと)

 

「シンプルな仕事ですよ。やってる事といえば川を流す。それだけです。」

 

川1

 

 

 

川流し屋の朝は早い。毎日朝の5時には川に到着し、仕事を始めるという。

 

「近所のお年寄りが川沿いを散歩し始めるのがこの時間なんですよ。それに合わせて川も流し始めます。」

 

自然な足取りで川に近づいた吉井さんはおもむろに流れに手を差し出した。

 

「”当て水”って言ってその日の流れを見るんですよ。上流には上流の流し屋がいるので、その仕事に合わせてこちらも流さないといけませんからね。」
「基本的には状況を見て随時”送り”と”止め”(※2)を使い分けますが、一人前になれば朝の当て水でその日の必要な送りと止めの割合が大体分かるようになりますね。」
(※2:”送り”とは下流方向に力を加え流れを速くする作業、”止め”は流れを弱める作業のこと。)

「良い川流し屋の条件は2つだけです。当て水が正確なこと。そして止めがしっかり効くこと。速く流すことばかり得意で流れをコントロール出来ない川流し屋も多いんです。」

 

吉井さんはそう言ったきり一心不乱に川を流し続け、川の流れはみるみる激しさを増していった。




 

「基本的には父と私、そして弟の3人で回していますね。川流し屋の世界でも今は後継者不足が問題になっていて、人員が確保出来ずに淀みが出ている川も多いです。そこから考えればうちは上手くいっている方だと思いますね。12代目が継いでくれるかは分かりませんが(笑)」

 

3歳になる息子には自分の意思で将来を選んで欲しいと語る吉井さん。自らも老舗川流し屋の11代目という立場であるが、幼いころは自らの立場をどう思っていたか尋ねた。

 

「特に家業を継ぐことに対する抵抗みたいなものは無かったですね。学校で授業を受けていても窓の外を見ながら『今、川はちゃんと流れてるかな?』とかそんなことを考えている子供でしたから。」
「大学は経済学部に行って、それなりに名の知れた企業に就職もしたんですが、ふとした時に『世の中に川を流す人間と川を流さない人間の2種類の人間がいるんだよな…』と考えた時に自分は絶対に川を流す人間なんじゃないのかと。そう思ってこの世界に飛び込みました。川だけに。」

 

終始落ち着いて語る吉井さんからは川を流すことに対する静かな熱意が確かに伝わり、脈々と続く川流し屋の血を感じさせられた。

 

 

川2

 

全国の川流し屋の中でも屈指の歴史の長さを誇る吉井川流しの当主である吉井さんに川流し業界の今後や将来についてどう考えているのかを聞いてみた。

 

「既にコストが掛かる上流を中心にいくつかの大企業が流水権(※3)を次々に取得していて、昔ながらの家族でやっているような川流し屋は減ってきていますね。」
「アルバイトが交代で24時間川を流し続けるような場所が増えていき、質の低下も問題になってきています。そういうところでは仕事の過酷さを理由に数ヶ月単位で人が入れ替わり、碌な引継ぎも無くただただ目の前にある川を流すだけです。私のような人間からすれば複雑な思いもありますが、それも時代の流れというものならば仕方ないと思います。」
「最終的には機械が川を流す時代がそう遠くない将来に来るかもしれません。それでもやっぱり四六時中川を流すことだけを考えてるような人間が流した川を皆さんに味わってもらいたいという、そういう気持ちで川を流し続けるしか無いんだと思います。実際に経験の浅い人間が流した川は何かが違うと上流を嫌う人が一定数いて、そういう人たちがいる限り私もやめるわけにはいかないなと思います。」
(※3:流水権とはその地域において川流し事業を行う権利。経営状況など様々な審査があり、特に上流では常に川を流し続けることが重要となるため人員を多く抱える大資本が取得する例が相次いでいる。)

 

 

 

川3

 

我々は最後に吉井さんにとって川流し屋とは何かという質問をぶつけた。言葉にするのは難しいという顔でしばらく考えた後

 

「川を流すことっていうのは生きることなのかなって思います。生きるっていうのは過去と未来を繋ぐことだと思っているので、上流と下流を繋ぐ川流しの仕事はそういうものと共通点があると思います。
よく人生は川に例えられることがあるじゃないですか。そういう意味でも川を流すことは生きることなんじゃないかなって。」

 

 

そう話す吉井さんの川はまだまだ先へ続いているようだ。

 

 

オーソドックスで安定した大喜利が特徴。
そのデブから放たれる笑い声然とした笑い声がラジオに彩りを与える。
恋愛の話になると「たくあんの彼女は……、あ、いねえか」というオチに使われるのが定番。