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【活動日誌】シリーズ ”ない仕事” ②「USBメモリ農家」 小高昭典


 

誰でもパソコンを使うようになった現代、データのやりとりや保存のために便利なのが小型のUSBメモリだ。みなさんは、この日常に使われるUSBメモリが、誰の手によって作られているかを知っているだろうか。
12月某日、我々は東京湾アクアラインを超えて、千葉県木更津市へと向かった。
いまでも田畑の風景が息づくこの場所は、東京近郊でも数少ない純農村地帯である。

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高平村の風景。一見すると普通の農村である。

 

 

「いやあ、やっぱり驚いちゃいますよね、普通の人は。畑で採れるもんじゃないと思ってたでしょう。」

 

USBメモリ農家(※1)を営む小高昭典さん(38)は、12月の寒さの中、Tシャツ一枚で明るく笑う。
小高さんの生まれ故郷であるここ高平村は、日本有数のUSBメモリ出荷量を誇る農村である。
今回の取材は、USBメモリ農家の存在をメディアを通して知ってもらいたいという小高さんたっての希望であった。
(※1:主にUSBメモリを生産、出荷する農家。USBメモリは東日本の温暖な地域でしか育たない作物で、高平村では2000年代に入ってから村をあげてUSBメモリの生産を行い、生産量はここ10年で20倍に膨れ上がった。なおSDカードは寒冷地の作物のため、日本では北海道の一部を除きほとんど栽培されていない。)

 

 

脱サラして、USBメモリ農家に

 

東京の大学を卒業して、一時はIT系の会社に就職した。代々蔬菜類(トマト、きゅうり、カボチャ、大豆など)を中心とした農家であった父・昭雄さんがフロッピーディスクの生産を始めたのが70年台後半。実家がUSBメモリ生産に乗り出そうという2005年のタイミングで家業を継ぐため脱サラし、現在はUSBメモリと野菜の生産を並行して行なっている。

 

「最初親父にUSBのことを相談された時は、正直戸惑いました。フロッピーの生産に関してはガキの頃から横目で見ていましたが、まさか当時会社で利用しはじめた最新の小型USBがうちの畑で採れるなんて知らなかったものですから。でもよくよく話を聞いてみると、うちの村はUSBメモリに非常に適した環境だということがわかってきて。東京で働いていてもなかなか将来も見えなかったものですから、えいっとこの世界に飛び込んだ感じですね。始めてみたら、なかなか性に合ってるなと。まあ、僕にも高平の血が流れてるんでしょうね。」

 

 

USBメモリ農家といっても、やることは普通の農家とそう変わらない。野菜の栽培の隣で、USBを栽培するだけだ。
「(USBメモリの)苗を植えて、肥料を与えて、時期が来れば野菜と同じように収穫するだけですね。別に難しいってことはないし、野菜をつくる感覚と基本的には同じです。ちょうど来週あたりから収穫なんで、そろそろGB(※2)が熟してるかな。見に行きますか。」
(※2:情報の大きさを表す単位、ギガバイト。いかに少ない労力で高いGBのUSBを育てるかが、USBメモリ農家の腕の見せ所になる。)

 

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トマト・USB・トマトで収穫した4GB

 

実際に、小高さんのこだわりが随所に詰まっている畑を見せてもらう。

 

「はじめてすぐの時はMB(メガバイト)止まりでしたが、いろいろと試行錯誤していくうちに、野菜たちの畑に混ぜて苗を植えると容量が増えたんです。そこで試しにトマト・USB・トマト・USB…と交互に植えてみたら、あっという間に4GBのUSBが育って。ターニングポイントっていうのかな、そういうの。」
はじめて4GBのUSBメモリを収穫したのが2007年。以来、小高さんの「野菜インサート法」は高平村に広まっていった。トマトに限らずニンジン、枝豆など様々な野菜の畑にUSBメモリが点々と植えられている風景は、現在高平村に生きる子どもたちの原風景となりつつある。
「今は機械や肥料も改良されて、64GBだとか、128GBだとか大容量のものまで生産しています。うちは小容量の専門ですけど、村のはずれで集約的にやっている農家さんなんかは、1TBのものも採れてるみたいです。そういうところはHDDも生産していると聞いたことがあります。でもあくまで高平はUSBメモリが主流です。品種はだいたいSONYやTranscend、BUFFALOが主ですかね。育て方によって色々採れるんです。面白いですよ。」

 

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採れたてのUSBメモリ。TOSHIBAはここ2,3年で増えたという。

 

 

村の生産事情を語りながら、USBメモリの葉を一枚一枚確認する小高さん。
しかし、一体どのような仕組みでGBが増えていくのだろうか。自宅に戻り、小高さん流のGB論を聞かせてくれた。
「まずは太陽です。すべてのエネルギーはお天道さんからやってきますから、日を遮らないように間隔を調整するだとか、雑草の手入れなんかは地味ですが一番大事だと思いますね。次に水。水をやるタイミングは野菜とちがって夜ですから、USBメモリ農家は寝不足の人が多いです(笑)。GB増やすには、こういう日々の手入れが肝心。虫も天敵なので、毎日こうやって葉っぱをチェックしています。肥料や機械の導入で大容量化(※3)していますけど、私はある程度のGBでいいので、天然ものにこだわってます。お天道さんがせっかくくれたGB、無駄にはしたくないので。」
(※3:USBメモリ栽培の機械化や肥料の改良は、2010年前後から千葉県・茨城県を主として始まった。)

 

 

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現在では大容量のUSBメモリが生産できるようになったが、人工物に近づくにつれ、天然ものにあった使用時の「しなやかさ」が失われていくという。USBメモリ農家のこうしたきめ細かい手入れによって、我々のデータのやり取りもスムーズに行えているのである。

 

 

 

 

クラウドサービスと、村社会

 

近年、USBやHDDを持ち歩かなくてもデータの保存がインターネットを介して行える”クラウドサービス”が一般にも浸透してきている。データの保存・持ち運びをするツールとしてはUSBはいわば「実体」であったのに対して、クラウドサービスによってそれらが「観念」に移行しつつある。現代のこの状況に対して、USBメモリ農家としてどう考えているのかを尋ねると、小高さんは顔を曇らせながらも、実情を静かに答えてくれた。
「…クラウドが我々に与える影響は甚大です。あまり大きな声では言えませんが、高平村の中でもクラウドを使う家がチラホラ出てきて、USB栽培をやめるまではいきませんが、今後数年で確実に減っていくでしょうね。僕もどうなるかはわかりません。でも、クラウドの導入によって色々と人間関係にも響いてくるんじゃないかと恐れています。まあ、フロッピーからUSBの時もそういう雰囲気はあったみたいですけど。村社会ってそういうものですから。」

 

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自身がUSBメモリ生産を始めた時期、周りのフロッピーディスク農家からは冷たい目で見られた経験もあるという小高さん。社会の変化に対応して農業を営んでいくことの大変さを教えてくれるとともに、取材の最後には、USBメモリ農家としての誇りも聞かせてくれた。

 

「データを記録する媒体っていうのは、古代エジプトなんかでは石板なわけでしょう。そこから時代は変わって本などが発達していくわけですけど、20世紀にパソコンができて、人類が昔と違って膨大な情報をやり取りするようになって、そういう歴史の中にUSBメモリも繋がっているわけです。USB農家として自信がなくなると、いつもそんなことを考えて自分を励ましています。情報をやりとりする影には石を切り出す人、紙を作る人、USBメモリを作る人がいつだって必要なんです。”USBメモリ農家”というと変わった職業に聞こえるかもしれないけど、形が違うだけで、昔からあったものと何にも変わらない職なんだっていうことを伝えたいですね。」

 

我々の情報のやりとりが今後どのような形態に変わっていっても、そこには必ず小高さんのような”影”の存在があるのだろう。
人類の壮大な歴史を胸に秘め、小高さんは今日も畑に出る。


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独特の言語センスからメンバー内の流行を生み出す教祖。
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流れやルールがあるととにかく壊したくなる病気にかかっている。